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刀剣ブログ

栃木の神社・仏閣所蔵の刀剣・奉納刀

栃木の神社・仏閣所蔵の刀剣

栃木にある寺社(神社・仏閣)に所蔵・奉納された刀剣を重要文化財を中心にご紹介します。

鶏足寺

〒326-0141  栃木県足利市小俣町2748
平将門が朝廷に背き、天慶の乱をおこした際、将門調伏の祈願を行ったところ 「三本足の鶏」の奇瑞があったことから勅命により鶏足寺と改められました。

重文 太刀 銘 力王(力王の太刀)
寺伝では後嵯峨天皇皇子御誕生の祈祷を仰せつかり、その時に奉納されたものといいます。黒漆太刀拵が附帯します。

輪王寺

〒321-1431  栃木県日光市山内2300
天平神護二年(766年)に勝道上人により開山、神仏分離令以後、日光東照宮、二荒山神社とあわせて「二社一寺」と称されています。

重文 小太刀 無銘(伝 行平)
「寛正六年五月吉日」「奉施入中禅寺行台坊経俊」と刀身に切付銘があり、この小太刀は無銘ながら豊後国行平の作と鑑せられています。

日光東照宮

〒321-1431  栃木県日光市山内2301
徳川家康公がまつられた神社で、現在のおもな社殿群は三代将軍家光による「寛永の大造替」で建て替えられたものです。

国宝 太刀 銘 助真(号 日光助真)
本太刀は非常に傑出した作品で、古来日光助真と称して名高いもので、加藤清正から徳川家康へ献上され、家康薨去後に東照宮造営の際奥の院御宝蔵に納められました。
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国宝 太刀 銘 国宗
この太刀は池田輝政が家康公に進上したもので御在世品の一口で、金梨地桐文散蒔絵の糸巻太刀拵が附帯し、糸巻太刀拵中の最優品の1つに数えあげられます。
重文 太刀 銘 一
鎌倉中期の備前福岡一文字派の作で、この太刀には金梨子地、丸に三葉葵紋散蒔絵の糸巻太刀拵が附帯します。本刀は春秋の祭礼に第一老の社家がこれを背負って供奉したといいます。
重文 太刀 銘 吉房
この太刀は寛永十三年(1636年)の第二十一回神忌に尾張義直公が奉納しましたが、寛政二年(1790年)に幕府へ返納になり、それを文化十二年(1815年)の 第二百回の神忌に、将軍家斉公が再度寄進したものです。
重文 脇指 銘 備前国住長船勝光宗光備中於草壁作/文明十九年二月吉日
作者の勝光と宗光は室町中期における備前国長船派の名工兄弟で、本刀はこの両人が隣の備中国草壁に出向いての合作で、御在世品中の一口です。
重文 短刀 無銘(伝 行光)
鎌倉末期の相模国の行光作と鑑されるもので、明暦二年(1656年)に四代将軍家綱公が寄進したもので、これには「東照宮には祭神の指料のうち、脇指がないので当御所様すなわち家綱将軍がこれを追献したものである」という意味の札が添えられています。
重文 剣 銘 久国 弘安三年三月日
(裏)奉納日光山東照宮霊前 慶安元年四月十七日太田備中守源資宗(切付け銘)があり、第33回の神忍に当り、慶安元年(1648年)四月に浜松城主の太田資宗(幼時、家康公に近侍)が寄進したものです。
県指定 太刀 銘 肥前住播磨大掾藤原忠国
本刀は寛文年間の作で、文政十一年(1828年)四月、十二代家慶公より奉納されたものです。
県指定 太刀 銘 和泉大掾藤原国輝
伊予松山の刀工、国輝の作で、 慶応元年(1865年)家康公第二五〇回神忌に、徳川元千代君(尾張家)から奉納されたものです。
県指定 太刀 銘 家次
家次は長享年間の加州の刀工で加賀青江とも呼ばれます。文化十二年(1815年)家康公第二百回神忌に際し、紀伊中納言治資卿より奉納されたものです。

日光東照宮所蔵の県指定の刀剣類では他に、太刀 銘 藤原貞行、太刀 銘 康光、太刀 銘(葵紋)藤原是一、太刀 銘 平盛行、太刀 銘(葵紋)康継、太刀 銘 相右衛門尉吉家、短刀 銘越前康継、太刀 銘 (葵紋)藤原国正などがあります。

日光二荒山神社

〒321-1431  栃木県日光市山内2307
太古二荒山(男体山)を主峯とし、日光八峯を国土鎮護の神々が鎮り坐す霊峰として、尊崇された神社です。

国宝 大太刀 銘 備州長船倫光/貞治五年二月日
本太刀は、四尺を越える国宝指定品の太刀としては最も長い大太刀で、保存状態も極めてよく、まだ同時代の野太刀拵が附属していることも貴重です。
国宝 小太刀 銘 来国俊
山城国来派、来国俊の作で、国宝指定中唯一の小太刀です。銘振りから上記の太刀と同時期の正応・永仁頃の作とされています。本太刀は一尺七寸九分と二尺に満たない長さですが、踏張りがつき、腰反りが高く、小鋒で華居反りの姿は優美で、同工の特色をよくあらわした一口です。黒漆蛭巻太刀拵が付属しています。
重文 太刀 銘 遠近
刀身表平地の切付銘は、社伝には「奉施入太郎大明神 御宝前太刀一振所施入也右志者為先師父母乃至法界無差平等利益也貞治年口口 左方会頭権少僧都信重敬白」とあり、日光二荒山神社への奉納銘としては、金銅鶴文沃縣地太刀(重文) に次いで古い年期のものです。
重文 太刀 銘 備州住兼重作
刀身の表平地に「日光山中禅寺権現御宝前」、裏平地に「応永二十二末九月日藤原盛季」と切付銘があります。
重文 太刀 銘 豊後国行平作
佩裏腰に剣形の櫃を彫り、中に倶梨伽羅の浮彫があり、刀身の表に「寛正二年十二月日」、裏には「奉納新宮御留守座院法印昌宣」と切付銘があります。平安時代末期から鎌倉時代初期に見られる典型的な姿をしています。
重文 太刀 銘 吉平
この太刀は、地鉄に現れた乱れ映りや、丁子の刃文など一文字派の作風が顕著で、刀身の切付銘にあるように日光目代山口家三代目忠兵衛重村が承応二年(1653年)に奉納したものです。
重文 太刀 銘 備州長船康光/応永二二年二月日
室町時代初期の応永年間を中心に活躍した応永備前と呼ばれる備前長船派の刀工達の代表工の康光作、南北朝時代に流行した長大な太刀は、室町時代になるとほとんど作られず、これほど長大なものは稀です。
重文 太刀 銘 来国光
刀身表に「奉進納日光山男体権現御宝前」裏に「寛永十九三午天七月七日新井十大夫重之敬白」と切付銘があります。この太刀の奉納者である新井十太夫は、天海大僧正の近親者で天海の家老であったと伝えられています。
重文 大太刀 無銘(号 瀬登太刀)
二荒山神社の御神刀として扱われており、彫物は、表に二筋樋に異風の三鈷付倶梨伽羅、裏は二筋樋に笹竹と筍を刻しており、「瀬昇」の号があります。号は、戦占いのためこの太刀を川へ投げこんだところ、川瀬に逆らって登ってきたという言い伝えに因みます。瀬登太刀の外装は重文 黒漆金銅蛭巻兵庫鎖太刀拵
重文 大太刀 無銘(号 祢々切丸太刀)
二荒山神社の御神刀として扱われており、無銘で「祢々切丸」の号があり、日光山中の「ねねが沢」に生息していた妖怪「祢々」を本太刀で切ったことから祢々切丸と名付けられたとされています。瀬昇太刀・柏太刀・祢々切丸の三口を毎年四月十三日から十七日にかけての弥生祭に、男体山麓の牡鹿の生皮の上に飾り立てて神に捧げる慣わしがあります。祢々切丸の外装は重文 山金造波文蛭巻太刀拵
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重文 大太刀 無銘(号 柏太刀)
二荒山神社の御神刀として扱われており、無銘で「柏太刀」の号があり、号の由来は、この太刀が柏の葉で包んだ柏餅を食べる習慣のある、五月の端午の節句に奉納されたからといいます。柏太刀の外装は重文 黒漆山金蛭巻太刀拵
重文 太刀 無銘(号 抜丸)
重文 金銅鶴文沃懸地太刀の中身で、抜丸と名がつけられています。おそらく実用ではなく、外装とともに奉納用として制作されたものと考えられており、拵は柄の覆輪棟方に「奉施入中禅寺御宝殿御剣一腰佐野 安房兵衛次郎藤原氏綱当聖人慈性坊良海」、刃方に「建治二年卯月二十二日」毛彫の施入銘があり、柄は木地で、その上の装具をほとんど失っています。
重文 三鈷柄剣
剣は平安時代、三鈷柄は鎌倉初期の優作と鑑せられ、祭祀に用いられたものとされます。
県指定 大太刀 無銘(号 太郎丸)
「太郎丸」と号し、奉納を目的として制作されたもので、二荒山神社に伝わる宝刀の中では、祢々切丸に次いで長大な太刀です。

日光二荒山神社所蔵の県指定の刀剣類では他に、太刀 銘 法城寺和泉守橘正次、太刀 銘 重次、太刀 銘 国定、太刀 銘 行次、太刀 銘 景秀、刀 銘 肥前国住近江大掾藤原忠廣、刀 無銘(伝宝寿)、刀 銘 河内大掾藤原国定/奥州会津住、太刀 無銘、黒漆革蛭巻太刀拵があります。

鑁阿寺

〒326-0803  栃木県足利市家富町2220
足利義兼によって創建され足利一門の氏寺として知られています。

県指定 太刀 銘 家俊
姿や鍛えの特徴から鎌倉時代末期の作と考えられ、寺伝では「落葉の陣太刀」と伝えられています。
県指定 刀(薙刀直し)無銘
薙刀を磨り上げて刀としたもので、全体的に幅が広く丈夫な造りで、南北朝時代の作と考えられています。
市指定 太刀 銘 則重
鞘書きによれば、明治二二年(1889年)に田崎草雲が鑁阿寺に奉納したものとされます。
刀 銘 土山
寺伝では「鬚切丸」と伝えられています。余談ですが「髭」は口ひげ、「鬚」はあごひげ、「髯」はほおひげを指します。

那須神社

〒324-0012  栃木県大田原市南金丸1628
那須氏の氏神で、もと金丸八幡宮と称し、明治六年に那須神社と改称されました。

県指定 太刀 銘 弘綱
この太刀は、那須与一が屋島の戦いで扇の的を射落とすことができたのを感謝して、金丸八幡宮(那須神社)に奉納したものといわれています。
県指定 太刀 銘 一(号 牛切丸)
白河義親(小峰義親) が金丸八幡宮(那須神社)に奉納したものと伝えられて、 別名「牛切丸」とも称されています。号の由来は義親が鷹狩りをした際に、一頭の牛が飛び出し、鷹が驚いて飛び去ってしまったので、怒った義親がこの太刀で牛を両断したことから。
刀 銘(葵紋)康継於越前作之
那須神社に伝来する刀。康継は結城秀康の召抱える刀鍛冶で、後に秀康の推挙により幕府御用鍛冶となり、徳川家康より「康」の字 を賜り康継と改めました。本刀が伝来した経緯は不明です。
刀 銘 泉州之國次
那須神社に伝来する刀ですが、伝来した経緯は不明です。
刀 銘 助宗
那須神社に伝来する刀ですが、伝来した経緯は不明です。
刀 銘 萬歲光廣/明治二巳年四月日
那須神社に伝来する刀ですが、伝来した経緯は不明です。

県指定文化財では大前神社所蔵の太刀 無銘、中村八幡宮所蔵の太刀 銘 義光、太刀 銘 盛重、刀 銘 包幸、脇指 銘 包幸、龍泉寺所蔵の刀 銘 埜洲住細川正規作/明治4年辛未二月日、古峯神社所蔵の刀 銘 於□山麓宇陽藩細川義規男正規造之、唐沢山神社所蔵の脇差 銘 守勝などが知られています。また那須家所蔵で那須与一伝承館寄託の那須与一が扇の的を射た際、身に着けていたとされる重文 太刀 銘 成高と附帯する重文 綾包太刀拵があります。(普段は複製を展示)

長船派

一文字派

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