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刀剣ブログ

太鼓鐘貞宗・伊達家伝来の短刀

太鼓鐘貞宗押形

太鼓鐘貞宗(たいこかねさだむね)

  • 指定:重要文化財
  • 無銘 相州貞宗(名物 太鼓鐘貞宗)
  • 所蔵:個人蔵
  • 種別:短刀
  • 流派:相州

太鼓鐘貞宗

太鼓鐘貞宗

太鼓鐘貞宗

短刀 無銘 貞宗(名物 太鼓鐘貞宗)出典:刀剣春秋

太鼓鐘貞宗

太鼓鐘貞宗

 

太鼓鐘貞宗押形

太鼓鐘貞宗押形 出典:埋忠銘鑑

伊達家伝来の短刀

本短刀、太鼓鐘貞宗は、名物太鼓鐘貞宗です。号の由来は、堺の太鼓鐘という商人が持っていたために付いたと伝わっています。太鼓鐘から直接か間に幾人経たかは不明ですが、毛利藤四郎秀包が本短刀を手に入れ、これを徳川家康に献上し、家康の死後徳川頼宣が譲り受けました(駿府御分物帳の上々御脇差の項に記載有)頼宣は、元和三年四月に兄である二代将軍徳川秀忠に献上、同年十二月に秀忠は仙台藩二代藩主伊達忠宗に秀忠の養女振姫(父は池田輝政、母は秀忠の姉督姫の為、振姫は秀忠の姪にあたる)が輿入れする際に忠宗に下賜されました。以後、伊達家に伝来し、昭和九年に重要美術品認定、昭和十三年に国宝指定(旧国宝)された際の所有者はどちらも当時の伊達家当主伊達興宗伯爵です。戦後、同家を出た本短刀は現在個人が所蔵していますが、近年も幾度か展覧会に展示されているので、鑑賞された方も多いと思います。

相州貞宗について

太鼓鐘貞宗は実はもう一振ある?

太鼓鐘貞宗は、「享保名物帳」と「埋忠銘鑑」に所載されていますが、両書では記載されている長さが若干異なっており、「名物帳」では八寸三分半、「埋忠銘鑑」では八寸二分と記載されています(現在、重要文化財に認定されている本短刀は八寸二分)しかも、「享保名物帳」では所持者が稲葉丹後守(稲葉家の過半数の当主が丹後守を名乗りますが、この頃は稲葉丹後守正住)となっています。加えて、伊達家の蔵刀目録である「剣槍秘録」では、前述の秀忠から忠宗が下賜されたエピソードは載っていますが、稲葉家との間を行き来した事については一切記載がないため、この二振は別物で、「太鼓鐘貞宗」という名物は二振あったのではないかともいわれています(「本庄正宗」という号の名物が二点ある様に、同じ号の名物が複数ある例は皆無ではありません)長さの差異については、測り方の誤差の可能性もありますので、あまり深く考えなくてもいいと思いますが、所持者が稲葉正住となっていることについて「日本刀大百科事典」では、「四代藩主伊達綱村の正室が仙姫(稲葉丹後守正往の妹)で、綱村と仙姫が幕命により老中稲葉正則(正住と仙姫の父、春日局の孫)の後見を目的として延宝元年に婚約し、延宝5年に結婚したが、宝永3年に仙姫は夫に先立って死去してしまったので、兄の稲葉丹後守正往に妹仙姫の遺物として伊達家から稲葉家に太鼓鐘貞宗は贈られたのではないだろうか。その後、享保五年には伊達家の記録に記載されているため、稲葉丹後守正往が享保元年に死去した後に、稲葉家としても太鼓鐘貞宗が伊達家における重要な名物だったので、何らかの形で返還したと思われる」と推察していますが、幕命により成立した婚姻の返礼であれば公式文書に掲載しないのはおかしな話ですし、仙姫の享年は四十八ですので当時として短命ではありません。著者のあくまでも推測ですが、この時期に本短刀が稲葉家にあったのは婚礼がらみだけではなく後世の伊達家としてはあまり触れたくない事の返礼だと思います。この時期にあったあまり触れたくない事となると・・・そう「伊達騒動」ですね。万治三年に三代藩主伊達綱宗(慰み打があることで斯界でも知られています)の遊興、隠居に端を発したお家騒動である「伊達騒動(詳しくは山本周五郎の小説「樅の木は残った」などをお読みください)」は、伊達家のみならず様々な藩や幕閣までも巻き込んだ江戸初期を代表する御家騒動の一つで、この騒動の影響で仙台藩は改易寸前の危機に陥りました。元禄十六年の綱村隠居でこの騒動は事実上の終息を迎え、仙台藩は改易の危機を脱しましたが、この綱村の隠居の際に、隠居の勧告をして騒動に終止符を打ったのが時の老中稲葉正住です。おそらくは、改易の危機から救ってもらった返礼として(勿論、縁戚である事も含めてだとは思いますが)伊達家が正住へ本短刀を贈ったと思われます。前述の通り、享保五年には伊達家に戻っている為、享保元年の正住の死後、或いは享保三年の綱村の死後に伊達家へ戻されたのではないでしょうか。後世のものもまさか「伊達騒動を治めてもらった御礼に稲葉様へ渡しました」とは公式文書には書けないので、あえて記載しなかったと推察します。因みに、大正八年発行の「詳註刀剣名物帳(高瀬羽皐著)」の本短刀の項には「伊達伯「仙臺」の家に此太鼓鐘貞宗あり、一昨年同家の目録拝見せしに寸合(この書では八寸三分と記載されている)、代金右と同じ台徳院様(徳川秀忠)より義山公(伊達忠宗)拝領とあり、さすれば稲葉丹後守と記せしは誤りなり」と記されています。以上の点から、あくまでも著者の推察ですが、二振は同じものと思われます。

貞宗の短刀中最も小振り

体配は、平造、三つ棟、同作中では比較的細身で、反りはやや内反りとなる。鍛えは、板目肌詰み、先に流れごころの肌交じり、地景よく入り、地沸微塵に厚く付く。刃文は、浅い湾れに小互の目、箱刃風の刃、湯走り交じり、匂深く、沸よくつき、金筋、砂流し頻りに入り、匂口明るく冴える。彫は、表は腰樋の中に素剣を浮彫にし、裏は同じく腰樋の中に宝棒を浮彫にしている。茎は舟形の生ぶで、穴は四つ(内埋め二つ)鑢目切、茎尻は剣形となる。
貞宗の作中では最も小振りな短刀ですが、貞宗らしい穏やかな作風を示した同作中の傑作です。

太鼓鐘貞宗の展示情報

名物太鼓鐘貞宗は佐野美術館、「名刀は語る 磨きの文化」展にて2016/11/12~2017/2/19まで展示されていました!
太鼓鐘貞宗の次回の展示は未定ですが、相州貞宗の作品は全国の刀剣展示会で不定期で展示されます。機会があれば是非ご覧になって下さい。
全国の刀剣展示会情報はこちら

太鼓鐘貞宗押形(出典:名物刀剣-宝物の日本刀

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