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刀剣ブログ

塩留めの太刀・武田から上杉に贈られた太刀

塩留めの太刀(しおどめのたち)

塩留めの太刀

塩留めの太刀

重文 太刀 銘 弘□(塩留めの太刀)

黒漆打刀拵

黒漆打刀拵 出典:上杉家の名刀と三十五腰図録

桃山時代、鞘は黒漆塗、柄は黒鮫を着せ、細目の燻革でつまみ巻している。目貫はうっとり色絵の源氏車、縁は素銅磨地。

上杉景勝御手選三十五腰の一つ

上杉景勝御手選三十五腰の一つで、『上杉家御腰物元帳』には「国行太刀銘にて弘の一字あり 刃長二尺七寸三分 武田信虎ヨリ贈進 日本三腰ノ内、御重代三十五腰ノ内」と記され、来国行の作と伝えられ、武田信玄の父信虎が上杉謙信に贈った太刀と記録されていますが、現在では作風から備前国一文字派の刀工の手による作と考えられています。長く同家に伝わり、現在は東京国立博物館に所蔵されています。上杉景勝御手撰三十五腰とは、愛刀家としても知られている上杉景勝が、養父である上杉謙信の蔵刀の中から選抜した名刀を目録に記したものです。本太刀の他には、名物五虎退、名物山鳥毛一文字姫鶴一文字、唐柏国信などが現存しています。なお、上杉家の刀は乾坤二つと区分がなされており、本太刀は乾第二十七号に所載されています。

敵に塩を送る

本太刀は、「塩留めの太刀」と呼ばれていますが、それは下記の逸話にあります。
武田信玄は甲斐(武田)・相模(北条)・駿河(今川)の間で甲相駿三国同盟を結んでいましたが、同盟を破って駿河に侵攻します。そこで今川氏真は相模の北条氏康とはかり信玄の領国への塩の輸送を、塩商人に命じて全面禁止し塩止めを行いました。信玄の治める甲斐と信濃(現在の山梨・長野)は、海に面していないため、塩を取ることが出来ず領民は苦しみました。それを聞いた上杉謙信は「われは兵をもって雌雄を戦いで決せん。塩をもって敵を苦しめることはせぬ。(武将感状記)」と言い、「塩は我が国(越後)から得られるのがよい」と謙信は塩を送り、武田とその領民を助けました。信玄は、謙信の義に感謝して本太刀を贈ったとされ、この逸話が苦境にある敵を助けるという意味の「敵に塩を送る」ということわざになっています。
上杉家の「上杉家御腰物元帳」には、信玄ではなく、その父親の信虎から贈られたとあるので実際に信虎か信玄、どちらが贈ったかは確かめるすべはありませんが、宿敵同士が義を感じて、太刀を贈るというのはいい話です。余談ですが、謙信の領地越後から塩が送られ、一月十一日に信玄の領地である松本に到着したことから、毎年一月十一日は「塩の日」になっています。

備前国一文字派の作と鑑せられる

この太刀は、姿は鎬造、庵棟、腰反り高く踏張りがあり、中鋒猪首鋒の豪壮な姿。鍛えは小板目よく つみ、小杢目交り、乱れ映り立つ。刃文は広直刃調に丁子足入り、葉交り、逆がかり、 匂い口締まりごころとなる。帽子は表裏わずかに乱れ込み、先小丸。彫物は表裏に棒樋 を掻き流す。茎は生ぶ、先栗尻、鑢目は勝手下がり、目釘孔一個、「弘」と大振りの銘 が残り、その下の字は判読できない。作風から備前国一文字派の作と鑑せられる。

一文字派についてはこちらをお読みください。

塩留めの太刀の刀剣展示

塩留めの太刀は2018年1月7日(日)~2月18日(日)まで佐野美術館で開催された「上杉家の名刀と三十五腰」で展示されました。また一文字派の作品は全国の刀剣展示会で不定期で展示されます。機会があれば是非ご覧になって下さい。
全国の刀剣展示会情報はこちら

重文 太刀 銘 弘□(塩留めの太刀)押形 出典:銘刀押形 御物東博

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