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刀剣ブログ

大兼光・長大な太刀故の名

大兼光

大兼光(おおかねみつ)

  • 指定:重要文化財
  • 金象嵌銘 備前国兼光 本阿弥(花押)(名物 大兼光)
  • 所蔵:佐野美術館
  • 種別:
  • 流派:長船派

大兼光

大兼光

大兼光

重文 刀 金象嵌銘 備前国兼光 本阿弥(花押)(名物 大兼光)出典:佐野美術館図録 日本刀名物刀剣-宝物の日本刀

大兼光茎銘

大兼光押形

大兼光押形

号の由来はその長大な姿から

本刀は、享保名物帳所載の名物「大兼光」です。名物帳には「大兼光―長さ故の名也。秀吉公為御遺物利家御館にて藤堂佐渡守殿 へ被下。」とあり、その長大な姿から「大兼光」と呼ばれました。『太閤記』によると前田利家邸にて太閤豊臣秀吉の遺物分けとして藤堂佐渡守(高虎)が拝領しました。その後、徳川将軍家に移り、以後同家に伝来し、戦後に徳川家より出て、現在は佐野美術館の所蔵となっています。名物帳には長二尺七寸九分と記されていますが、鞘書には長弐尺七寸五分半とあり、実際も二尺七寸五分五厘なので名物帳より三分半短いことになります。また、高知県立高知城歴史博物館には重文の太刀 銘 備前国長船兼光/建武三年丙子十二月日(号 今村兼光)があり、山内家では「大兼光」と通称されています。

延文頃の長船兼光の典型作

長船兼光は、光忠ー長光ー景光と続いた長船正系の後継者で、長光の孫、景光の子と伝えられる兼光は、長船鍛冶の四代目を継いだ名工であり、時代の潮流に乗った新しい作風を創作しました。年紀銘も多く、約30年にわたり、すべて北朝の年紀を刻んでいます。初期の作風は父景光に近く、片落ち互の目、直刃に互の目が交わるものが主で(重文 太刀 銘 備前国長船住兼光/元弘三年八月日など)、延文(1356~1361)頃には大鋒の大太刀が作られ、刃文はのたれを主調とし、互の目を交え地刃に沸づくものが目立ってきます。本刀は延文頃の兼光の典型的な作で、もとの太刀は刃長一mを超える野太刀と呼ばれた長大な太刀で、茎の状態から慶長年代を下らぬ頃に磨上げられたものとおもわれ、後に本阿弥光温が金象嵌銘を入れています。長船嫡流として備前の伝統を受け継ぎつつも当時一世を風靡した相州伝を巧みに取り入れた所謂相伝備前を得意とし、後世の刀工に大きな影響を与えた南北朝期を代表する名工の一人です。

長船派についてはこちらをお読みください

極めの花押は本阿弥光温

この刀は、姿は鎬造、庵棟、身巾広く、大鋒。鍛えは板目つまり、地沸細かにつき、映り立つ。刃文は大のたれを主調とし、互の目交じり、帽子は乱れ込み尖りごころに返る。表裏に棒樋を掻流し、茎は大磨上、指裏に「備前国兼光」、指表に「本阿弥花押」と太く金で象嵌をする。極めの花押は本阿弥光温である。のたれの大らかな刃文を、同じ調子で一点のむらとゆるみもなく、焼き上げた兼光の技術は見事なもので、地刃ともに健全に保存されて、太閤遺物として将軍家の蔵刀として徳川家に伝わってきた名刀の一口です。

大兼光の展示情報

大兼光は「名刀は語る 美しき鑑賞の歴史」にて佐野美術館で、2019年7月10日(水)~9月23日(月)まで長篠一文字、蜻蛉切と共に展示されました。大兼光の次回の展示は未定ですが、長船兼光の作品は全国の刀剣展示会で不定期で展示されます。機会があれば是非ご覧になって下さい。
全国の刀剣展示会情報はこちら

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