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刀剣ブログ

織田左文字・織田信長が所持した刀

織田左文字

織田左文字(おださもじ)

  • 指定:なし
  • 無名 伝左(名物 織田左文字)
  • 所蔵:彦根城博物館
  • 種別:
  • 流派:左文字派

織田左文字

刀 無銘 伝左(名物 織田左文字)出典:特別展井伊家伝来 刀剣と刀装の美図録

織田左文字

織田左文字押形 今村押形

おた左文字透鐔

織田左文字押形、おだ左文字透鐔 出典:今村押形

御手元下り御腰物簟笥拾八棹留

御手元下り御腰物簟笥拾八棹留

名物剱刀委記

名物剱刀委記

左文字についてはこちら

織田家より彦根藩井伊家に伝わった名物織田左文字

本刀は、享保名物帳所載の名物「織田左文字」です。享保名物帳に「信長公御物。御二男信雄卿へ被進」と記されており、織田信長が所持し次男の信雄へ譲ったとあり、号は織田信長(または信雄)の姓からとられ「織田左文字」と呼ばれました。また「如何伝けるか掃部頭殿に有。慶安四究め」と記され、この刀が、いつどのような経緯により井伊家に伝えられたか明らかではありませんが、慶安四年辛卯(1651年)五月三日、本阿弥光温が極めて、金百枚の折紙をつけさせました。歴代彦根藩藩主により重宝として伝えられ、現在は井伊家に伝わった美術工芸品や古文書などを収蔵する彦根城博物館所蔵で、名物源来国次(こちらも関東大震災で罹災し、焼け身となりましたがその後、再刃)も所蔵しています。また本刀を所持した織田信長は、最も備前長船光忠の刀を愛し、その蒐集が三二本に及んだと『常山紀談』に記されており、その三二本の光忠の太刀や刀が果してどれどれであったかは、今そのすべてを明確にすることはできませんが、享保名物帳所載の名物である福島光忠、生駒光忠、三好実休光忠などの名刀がその中に含まれていたといいます。

関東大震災で罹災・焼け身の為現在は再刃

この刀は、大正十二年(1923年)の関東大震災の折、東京の井伊家庫中にあり罹災し、焼け身となりましたが、その後、再刃されました。桃山時代に大磨上されたと思われる体配がそのままで、地鉄は無地風で板目淡く、刃文は互の目連れ、沸つき、沸が地へ働く。帽子は尖りごころに返る。茎は艶が少なく焼けた錆色が残る。また今村押形に被災以前の押形(画像参照)があり、その刃文から左の子安吉作と見られています。

おた左文字透鐔

嘉永六年 (1853年)、井伊直弼が藩主就任後、必要な刀剣を江戸へ移すために調査した『御手元下り御腰物箪笥捨八棹留』によれば、十二代藩主直亮が、素銅に「おた左」と自筆文字を透彫りした鐔と、青貝に井桁紋くずしの蒔絵の鞘を制作させたことが伝えられて、その鐔は現存し、現在は個人蔵となっています。

おた左文字透鐔

おた左文字透鐔 銘 藤中将直亮書之(花押)
緋色銅に「おた左」の文字が透彫された鐔で、名物織田左文字の刀にちなんで制作されたもの。刻銘から十二代藩主直亮が文字を書き、それをもとに透彫が施されたと考えられるが作者は不明。刻銘にある花押は、直亮のものである。

織田左文字の展示情報

織田左文字は2019年1月7日(月)~2月24日まで佐野美術館で開催された「REBORN 蘇る名刀」で展示されていました。左文字の作品は全国の刀剣展示会で不定期で展示されます。機会があれば是非ご覧になって下さい。
全国の刀剣展示会情報はこちら

織田左文字押形 出典:図説刀剣名物帳

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