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刀剣ブログ

祢々切丸・日本屈指の長大な太刀

祢々切丸

祢々切丸(ねねきりまる)

  • 指定:重要文化財
  • 無銘(号 祢々切丸)
  • 所蔵:日光二荒山神社
  • 種別:太刀
  • 流派:不明

祢々切丸

祢々切丸

祢々切丸

大太刀 無名(号 祢々切丸)日光二荒山神社所蔵  出典:宝刀譜図録

山金造波文蛭巻大太刀拵

山金造波文蛭巻大太刀拵

重要文化財 山金造波文蛭巻大太刀拵

妖怪退治の伝説を持つ

本太刀は、日光二荒山神社の御神刀「祢々切丸」です。号の由来については諸説ありますが、有力な説としては日光山中の「ねねが沢」に生息していた妖怪「祢々」を本太刀で切ったことから祢々切丸と名付けられたとされています。本太刀と「瀬昇太刀」「柏太刀」(いずれも重要文化財指定)は、前述の通り二荒山神社の御神刀として扱われており、毎年4月13~17日に同社で行われる弥生祭(現在の暦では4月ですが、旧暦では3月にあたるので弥生祭と呼ばれています)では、その年に男体山で獲られた牡鹿の皮の上に「祢々切丸」「瀬昇太刀」「柏太刀」の三口を飾り付けて神に捧げる慣わしがあります。弥生祭自体は千二百年余続く神事ですので、神事が始まった頃は現在と異なる形で行われていたと思われますが、いつの頃(少なくとも神事が始まってから五百年以降)からか本太刀が使用されるようになったと考えられます。

関東を代表する古社の一つ

二荒山神社は、関東を代表する古社の一つで、建立から今日まで千二百年以上の長きにわたる歴史を持つ神社です。同じ栃木県内の宇都宮市にある同名の「二荒山神社(こちらは宇都宮二荒山神社と呼ばれています)」と区別する為に日光二荒山神社と呼ばれていますが、本来「日光(にっこう)」という地名は二荒山(山名の由来の有力な説としては、観世音菩薩が住む補陀落山(ふだらくさん)に因んで付けられたという説があります)の「二荒(にっこう)」に因んで付けられたものなので(日光の由来と二荒山の名前の由来については諸説有ります)この呼び名だと「日本の和菓子」のような重複する意味を持つことになります。また、同社は今日でも国宝・重要文化財に指定されたものを含め多くの刀剣を所蔵していますが、古来より武士の信仰が厚かった同社にはかつて現在よりも多くの奉納刀が納められていたと伝わっており、その中には名物日光一文字(名号の日光は同社が所蔵していた事に由来します)などの名刀も所蔵していました。

長大さでは日本屈指

この太刀は、生ぶ無銘の大太刀で、姿は鵜首造、庵棟、身幅広く、重ね極めて厚く、反り深く、鋒は大鋒となり、表裏に薙刀樋を区の上で丸留としている。鍛えは、板目に大杢目交じり、やや肌立ち、総体に流れごころとなり、淡く映り立つ。刃文は、湾れ調に互の目、小丁子、小乱れ交じり、金筋・砂流しかかり、飛焼入り、小沸つき、刀身の下半部には長身の為か焼きが入れていない。帽子は、表は二重刃風で先僅かに返り、裏は乱れ込んで先掃きかけとなる。茎は、刀身の長さに比してかなり長く(総長の約三分の一)、朽ち込みの為鑢目は不明、茎尻は切り、目釘穴は三個、「祢々切丸」の号が付けられている。
本太刀の長大さ(七尺一寸五分)は現存する刀剣類では群を抜いて長く(長大さで著名な太郎太刀でも五尺三寸)現存する刀剣類の中では屈指に入る長大な太刀と思われます。本作の作者については、地刃の作風から備前系の刀工ではないかと推測されていますが、今日でも特定の極めはついていません。
また、本太刀には製作当時に作られた太刀拵が付帯しており、太刀拵と本太刀はセットで重要文化財に指定されています。南北朝期に製作された現存稀な大太刀の拵としてその資料的価値は極めて高いです。

祢々切丸の展示情報

花岡八幡宮の「破邪の御太刀」や吉備津神社の「吉備津丸」などと並んで日本有数の大太刀として知られる祢々切丸は日光二荒山神社宝物館にて常設展示されています。機会があれば是非ご覧になってください。
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画像出典:宝刀譜図録

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