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刀剣ブログ

長曾祢興里(入道銘 虎徹)・江戸新刀の横綱

長曽祢虎徹

長曾祢興里(ながそねおきさと)(入道銘 虎徹)

今宵の虎徹はよく斬れる

長曾祢虎徹と聞くと刀を知らない方でも「今宵の虎徹はよく斬れる」という言葉が出てくるほど、虎徹の名は広く知られていて、正宗村正と並んで日本刀の代名詞ともいえる著名工です。虎徹とは、彼の入道銘で本来の刀工銘は興里というのですが、虎徹の方があまりにも通りが良いので一般でも刀剣界でもほぼ虎徹で呼ばれています(その為本来は興里で書くのが正しいのですが、以下の文章では虎徹で統一します)

江戸初期を代表する刀工の一人

長曽弥興里(入道銘 虎徹)は、新刀最上作九工の一人にして、最上大業物十四工の一人でもある江戸新刀を代表する刀工です。普通は「代表する一人」という言い方をしますが、彼の場合は代表するといっても憚らないほど、江戸新刀の中でも人気実力ともに群を抜いています。新刀最上作九工とは、埋忠明寿、堀川国広、長曾祢虎徹、井上真改、津田助広、南紀重国、肥前忠吉、越前康継、仙台国包の九人の事で、いずれも新刀のみならず日本刀を代表する名工揃いです。因みに、この中で最上作と最上大業物を兼ねている刀工は、虎徹に加えて肥前忠吉、仙台国包の計三工いますが、その中でも虎徹は価格や市場評価において他の刀工を圧倒しています。
虎徹は、本国が越前、元々甲冑師でしたが、五十歳の時に江戸へ出て刀鍛冶に転向したとされています。というのも同工の作刀の銘文の中に「本国越前住人至半百居住尓武州之江戸尽鍛冶之工精(元々越前に住んでいたが半百に至り江戸へ出て刀鍛冶となる)」という旨の文言が根拠となって、刀鍛冶に転向したのは五十歳とされているのですが、半百というのは人生半ばという意味で具体的な年齢を示しているのではないという説もあります。師伝については、虎徹の作風や茎仕立て、作刀期間からみて和泉守兼重という説が有力です。虎徹の生年は不明ですが、明暦元年紀(1655年)の兜と同二年紀の脇指があることから、明暦の初め頃に五十歳で江戸に出たとすれば、逆算すると慶長十年(1605年)頃の生まれとなります。没年は、延宝六年(1678年)六月で、江戸で逝去後に本国の越前に埋葬されたと伝わっています。

虎徹を観たら偽物と思え

「虎徹を観たら偽物と思え」刀剣界では有名な格言の一つです。新選組の局長として有名な近藤勇が虎徹を購入しようとした際に副長の土方歳三に「やめとけ、本物の虎徹が売ってるはずないよ。偽物に決まってるだろう。」と言って止めようとしたと伝わっています。虎徹の活躍時期の彼らの活躍時期に約200年ほど差がありますが、その間にどれほど虎徹の偽物が出回ったのかが伝わるエピソードですね。実際、虎徹の作は彼の存命中から偽物が出回っていたといわれており、その防止の為か虎徹の銘はかなりの頻度で変わっています。虎徹だけでも「古鉄」「虎徹(通称ハネトラ銘)」「乕徹(通称ハコトラ銘)」の主に三種類(細かく分けるともっとあります)があり、他にも時期によって銘の順番や組み合わせを変えてみたりしています。

作風も変幻自在

自ら「古鉄入道」と名乗ったほど鉄にこだわりを持つ虎徹の作風は、変幻自在と言っても過言でないほど様々なものがあります。代表的な作風として瓢箪刃や数珠刃と呼ばれる刃がありますが、実際には江戸新刀や寛文新刀の枠では捉えられないほど作域は広いです。形状も寛文新刀らしい尋常な刀や脇差に加え、太刀や異風な大脇差、短刀などがあり、作風も江戸新刀だけでなく末関風、郷義弘風の相州伝、肥前の忠吉風のもの、大坂新刀風のものなどもあります。ただ、異風な姿のもののほとんどは注文打ちと思われます。しかも加えて彫の題材も多岐にわたるなど、虎徹はとてもここで書ききれるような刀工ではありません(実際研究書も何冊も出ています)
長曽祢虎徹について詳しく知りたい方は、「虎徹と清麿」から初めて「乕徹大鑑」「長曽祢虎徹の研究」などを読み、研究を進めてみたら如何でしょうか。

長曾祢興里(入道銘 虎徹)の展示情報

重文 刀 長曾祢興里入道虎乕徹が「乕徹と幕末維新の名刀」にて 2018年4月18日(水)~5月20日(日)まで 岡山県立博物館にて展示されます。
長曾祢興里(虎徹)の作品は全国の刀剣展示会で不定期で展示されます。機会があれば是非ご覧になって下さい。
全国の刀剣展示会情報はこちら

刀 銘 長曽祢虎徹入道興里 金象嵌銘 四胴 山野加右衛門六十八歳ニテ截断 于時寛文五年二月廿五日 永久(花押)

刀 銘 長曽祢虎徹入道興里 金象嵌銘 四胴 山野加右衛門六十八歳ニテ截断 于時寛文五年二月廿五日 永久(花押)

脇指 銘 長曽弥興里

脇指 銘 長曽弥興里 彫物同作

刀 銘 長曽禰興里入道乕徹

刀 銘 長曽禰興里入道乕徹

刀 銘 住東叡山忍岡辺長曾禰虎入道 寛文拾一年二月吉祥日

刀 銘 住東叡山忍岡辺長曾禰虎入道 寛文拾一年二月吉祥日

脇指 銘 同作彫之 長曾禰興里虎徹入道/(金象嵌銘)寛文元年霜月廿五日 山野加右衛門六十四歳永久(花押) 脇毛弐ツ胴度々三ツ胴截断

脇指 銘 同作彫之 長曾禰興里虎徹入道(金象嵌銘)寛文元年霜月廿五日 山野加右衛門六十四歳永久(花押)脇毛弐ツ胴度々三ツ胴截断

蜂須賀虎徹

刀 銘 長曽弥興里入道虎徹(金象嵌)寛文五年乙巳霜月十一日 弐ツ胴截断 山野加右衛門永久(花押)(号 蜂須賀虎徹)出典:乕徹大鑑

脇指 銘 長曽祢奥里(号 浦島虎徹)萬治三年十二月日 同作彫之

脇指 銘 長曽祢奥里(号 浦島虎徹)萬治三年十二月日 同作彫之

脇指 銘 同作彫之 長曽祢興里虎徹入道

脇指 銘 同作彫之 長曽祢興里虎徹入道

脇指 銘 同作彫之 長曽祢虎徹入道興里 本国越前住人至半百居住尓 武州之江戸尽鍛冶之工精

脇指 銘 同作彫之 長曽祢虎徹入道興里 本国越前住人至半百居住尓 武州之江戸尽鍛冶之工精

脇指 銘 住東叡山忍岡辺虎入道 彫物同作 延宝二年八月吉日

稲葉虎徹

刀 銘 住東叡山忍岡辺 長曽弥虎入道彫物同作(号 稲葉虎徹)

刀 銘 乕徹入道興里同作彫之 寛文四年八月吉祥日

刀 銘 乕徹入道興里同作彫之 寛文四年八月吉祥日

短刀 銘 八幡大菩薩 天照皇太神宮 春日大明神 (三葉葵紋)興里真鍛作之-彫物同作

短刀 銘 八幡大菩薩 天照皇太神宮 春日大明神 (三葉葵紋)興里真鍛作之 彫物同作 (号 蓬莱山虎徹)

短刀 銘 乕徹入道興里 彫物同作

短刀 銘 乕徹入道興里 彫物同作

脇指 銘 長曾祢興里 彫物同作(風雷神虎徹)

脇指 銘 長曾祢興里 彫物同作(風雷神虎徹)

刀 銘 長曽祢興里 真鍜作之

刀 銘 長曽祢興里 真鍜作之(号 海舟虎徹)

脇指 銘 長曾禰奥 明暦二八 武州於江 (以下切)

脇指 銘 長曾禰奥 明暦二八 武州於江 (以下切)

(出典:虎徹と清麿、乕徹大鑑)

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浦島虎徹・異風な彫で有名な虎徹

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