Loading

刀剣ブログ

三ツ鱗紋兼若・初代兼若の傑作

三ツ鱗紋兼若

三ツ鱗紋兼若(みつうろこもんかねわか)

  • 指定:重要美術品
  • 銘:賀州住兼若造 (三ツ鱗紋)主氏 慶長拾六年三月日
  • 所蔵:個人蔵
  • 種別:

三ツ鱗紋兼若

三ツ鱗紋兼若

重美 刀 銘 賀州住兼若造(三ツ鱗紋)主氏 慶長拾六年三月日(三ツ鱗紋兼若)出典:桃山時代の刀剣図録

三ツ鱗紋兼若

三ツ鱗紋兼若押形

三ツ鱗紋兼若押形

三ツ鱗紋は北条氏の家紋として知られる

本刀は、初代兼若の作で茎に「(三ツ鱗紋)氏主」とあるところから「三ツ鱗紋兼若」の通称で呼ばれ、三ツ鱗紋は北条氏の家紋として知られており、おそらく北条氏一門の人の指料として注文されたものであろうといわれています。昭和十七年に重要美術品に認定されています。

初代加州兼若

初代兼若(越中守高平)は、通称「甚六」といい、新刀上々作にして大業物にランクされる加賀(石川県)で最も名の知れた刀工で、慶長十年頃に加賀へ移住し、加賀藩のお抱え鍛冶として栄え、五代まで続いています。江戸期の加賀藩では「禄が低くとも兼若を持つ者には嫁にやる」という言葉があったほど重宝され、天華百剣の三ツ鱗紋兼若の紹介で「仕えた主に嫁をとらせることに全力を傾けている」という説明はここからきているのだと思います。武用に適した刀であったことが窺い知れます。初代兼若の現存するものでは慶長十四年の年紀のあるものがもっとも古く、元和五年から六年頃に越中守を受領して名を「高平」に改め、寛永五年に没したとされています。初代兼若には兼若銘の作刀の現存するものは後代の作と比べても圧倒的に少なく、通常見る兼若銘の多くは二代以降のもので、初代から三代までが技量上手で、二代と三代は箱刃を得意としています。初代兼若の作風は兼若銘時代においては古作志津をおもわせる板目流れた鍛えに地沸がつき肌立ったものとなり、刃文は沸づいた湾れ刃に大互の目、尖り刃交じり足が入って砂流しのかかったものとなり、高平銘時代には兼若銘時代よりも鍛えがつみ、湾れ刃が多くなります。

初代兼若の傑作

本刀は、姿は幅広く、反浅く、中鋒が伸びて堂々としており、鍛えは小板目肌よくつみ、総体に流れごころとなって 地沸がつき、刃文は小湾れに互の目、尖り刃をまじえ、 砂流し金筋かかり、匂口締りごころに冴えて小沸がよくついている。帽子は湾れ込んで先が尖り、三品風となり、表に棒樋に添樋を、裏に、三筋樋を掻流している。一見大磨上げ無銘の刀に見えるのは、慶長新刀の見どころの一つでもある。作風は地刃ともに美濃伝が強くあらわされ、本国の志津写しの如く古調であり初代兼若の傑作です。

三ツ鱗紋兼若の展示情報

三ツ鱗紋兼若は昭和61年の刀剣博物館で開催された特別展「桃山時代の刀剣」併催・武将の愛刀展で展示されました。初代兼若の作品は全国の刀剣展示会で不定期で展示されます。機会があれば是非ご覧になって下さい。
全国の刀剣展示会情報はこちら

三ツ鱗紋兼若押形

刀の売却・購入をお考えならお気軽にご相談下さい
刀買取なら鋼月堂へ

観世正宗・観世左近所持に因む

福島の神社・仏閣所蔵の刀剣・奉納刀

関連記事

  1. 獅子王・鵺退治の太刀

    2019.04.20
  2. 信濃藤四郎・庄内藩酒井家伝来の短刀

    2019.12.01
  3. 石田正宗・切込正宗の異名をもつ刀

    2019.09.19
  4. 獅子貞宗・戦乱に巻き込まれた悲劇の名刀

    2017.11.08
  5. 大兼光・長大な太刀故の名

    2019.10.02
  6. 古今伝授の太刀・行平の最高傑作

    2017.11.30
PAGE TOP