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刀剣ブログ

源来国次・井伊家伝来の短刀

源来国次

源来国次(みなもとらいくにつぐ)

  • 指定:なし
  • 銘:来源国次/藤原秀祐 正□□年十一月廿五日(名物 源来国次)
  • 所蔵:彦根城博物館
  • 種別:短刀
  • 流派:来派

源来国次

短刀 銘 来源国次/藤原秀祐 正□□元年十一月廿五日(名物 源来国次)出典:特別展井伊家伝来 刀剣と刀装の美図録

源来国次押形

源来国次押形 出典:埋忠銘鑑

名物であって特別な名称をつけない唯一の例

本刀は、享保名物帳所載の名物「源来国次」です。名物であって特別な名称をつけない唯一の例のものです。埋忠銘鑑にも茎の押形が所載され、百七十五枚の折紙が添うこと、埋忠寿斎が金具の制作にあたったことが記されています。のちに、この短刀は将軍家に献上されたあと、井伊直孝(近江国彦根藩二代藩主)が寛永十九年(1642)二月九日、のちの四代将軍家綱より拝領したと伝えられています。以後、井伊家に伝わり、現在は井伊家に伝わった美術工芸品や古文書などを収蔵する彦根城博物館所蔵です。古い図録では正慶元年十一月廿五日と表記されています。

関東大震災で罹災・焼け身の為現在は再刃

本短刀は、大正十二年(1923年)の関東大震災の折、東京の井伊家庫中にあり名物織田左文字などとともに罹災し、焼け身となりましたが、その後、再刃されました。現在の地鉄は板目流れ肌立ち、かさつき、刃文はのたれ乱れ、匂い口が締まらず、沸が散るなど、再刃の特徴が見て取れる。

井伊家伝来の刀剣

江戸時代を通じて彦根藩の藩主家をつとめた井伊家には、歴代主の指料を中心に現在約六十口の刀剣が伝来している。明治時代の台帳や江戸時代の腰物目録から推定すれば、江戸時代末には六百口を下らない刀剣が蒐集されていたと考えられるが、関東大震災で約四百口が罹災し、さらに第二次世界大戦後、駐留軍により彦根に残された二百口のすべてが没収され、のちにかろうじて返還されたのが現存の刀剣と伝えられる。これら現存の刀剣や、震災で焼身となった刀剣の銘から判断すると、室町時代以前の古刀期の作例が多く、江戸時代大名家の一般的な傾向が見られる。しかし、これらの刀剣には身幅と重ねの厚いものが多く、戦闘を意識した実用的な刀剣が好まれたようであり、初代井伊直政、二代井伊直孝とつづく武勇を誇りとした井伊家の特色が表れている。

来派についてはこちら

源来国次の刀剣展示

源来国次は2019年1月7日(月)~2月24日まで佐野美術館で開催された「REBORN 蘇る名刀」で展示されていました。次回の展示は未定ですが、機会があれば是非ご覧になって下さい。
全国の刀剣展示会情報はこちら

源来国次押形押形(出典:埋忠銘鑑)

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