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刀剣ブログ

源清麿・四谷正宗の異名を持つ新々刀随一の名工

源清麿

源清麿(みなもとのきよまろ)

新々刀随一の名工

単に新々刀をいうくくりのみに留まらず、斯界に於いて抜群の人気と知名度を誇るのが源清麿です。破滅的であるとさえ言われる数奇な人生、時代を超越した抜群の技量、駄物を残さない不器用なまでの職人気質など、刀の出来もさることながら、彼自身の人となりも人気の一因と考えられます。

生涯に幾度も改銘

源清麿は、本名を山浦内蔵助環といい、文化十年に信濃国赤岩村(現在の長野県小県郡滋野村)で生まれ、文政十二年に兄真雄と共に上田藩工河村寿隆へ入門し、天保六年に江戸へ出府して幕臣窪田清音(くぼたすがね)の下で学びました。天保十三年に長門国萩へ赴き、天保十五年頃に信州小諸へ帰郷、弘化二年に江戸へ戻り、以後嘉永七年に自刃するまで江戸四谷に住んでいました。また、清麿は度々その銘を変えていて、初銘を一貫斎正行(画像①)と切り、以後秀寿(画像③)環(画像④)正行(画像②、⑤)などと改銘していますが、弘化三年の秋より正行から清麿へと改銘した後は、亡くなるまで改銘していません。

愛刀家の憧れ

清麿の主な略歴は上記の通りですが、これほど生涯の略歴が詳しく残っている刀工は珍しいです。通常、刀工は単なる職人であり、大名家のお抱え鍛冶などですら資料が少ないのが現状です。しかし、市井にあった一刀工の資料がこれほど残っていて、加えて詳細に研究されている点一つをとってみても、清麿という刀工が、生存当時から現在に至るまで、如何に人々に愛されたかという証明になりうると思います。

代表作として名がまず上がるのは重美四口と特重の大小

代表作として知られているのは、重要美術品認定の四口や特別重要刀剣指定の大小(号一期一腰 画像⑧⑨)などです。その中でも恩人である窪田清音の為に作った一口(画像⑥)と静嘉堂文庫美術館所蔵の一口(画像⑦)が殊に知名度が高いです。
因みに、刀工名の清麿の読み方については恩人窪田清音からもらったのだから「きよまろ」ではなく「すがまろ」と呼ぶのが正しいという説がありますが、著者はその説に否定的です。何故なら、当時の慣習から考えると、いくら恩人からいただいた字といえども、身分の差がある以上、同じ読みを避ける方が一般的だと思われます。

脇差 銘 天然子完利 二十七歲造之 一貫斎正行十八歳造之 文政十三年四月日

① 脇差 銘 天然子完利 二十七歲造之 一貫斎正行十八歳造之 文政十三年四月日

脇指 銘 信濃国正行 天保癸巳歳秋八月 窪田清音佩刀

② 脇指 銘 信濃国正行 天保癸巳歳秋八月 窪田清音佩刀

短刀 銘 源秀壽 天保五年仲冬 為濤斎主人作之

③ 短刀 銘 源秀壽 天保五年仲冬 為濤斎主人作之

脇指 銘 環

④ 脇指 銘 環

刀 銘 於萩城山浦正行造之 天保十三年八月日

⑤ 刀 銘 於萩城山浦正行造之 天保十三年八月日

重美 刀 銘 為淫田清音君 山浦環源清麿製 弘化丙午年八月日

⑥ 重要美術品 刀 銘 為窪田清音君 山浦環源清麿製 弘化丙午年八月日

重美 刀 銘 源清麿 弘化丁未年二月日

⑦ 重要美術品 刀 銘 源清麿 弘化丁未年二月日

刀 銘 源清麿 嘉永元年八月日(号 一期一腰の大)

⑧ 刀 銘 源清麿 嘉永元年八月日(号 一期一腰の大)

脇指 銘 源清麿 嘉永元年八月日(号 一期一腰の小)

⑨ 脇指 銘 源清麿 嘉永元年八月日(号 一期一腰の小)

太刀 銘 源清磨 嘉永七年正月日 切手山田源蔵 安政三年十月廿三日於千住太々土壇拂

⑩ 刀 銘 源清麿 嘉永七年正月日 切手山田源蔵 安政三年十月廿三日於千住太々土壇拂

画像:刀 銘 源清麿 嘉永元年八月日(号 一期一腰の大)出典:源清麿 信州が生んだ幕末の名工

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