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刀剣ブログ

乱光包・徳川将軍家伝来の短刀

乱光包

乱光包(みだれみつかね)

    • 指定:重要文化財
    • 銘:光包 (名物 乱光包)
    • 所蔵:日本美術刀剣保存協会
    • 種別:短刀
    • 流派:山城

乱光包

乱光包

重文 銘 光包(名物 乱光包)

号は出来が乱刃であることから

本短刀は、山城国光包の作で、享保名物帳所載の名物「乱光包」です。名物帳には「出来常に替る故名付く」 とあり、乱光包の異名は常の作は直刃であるのに唯一乱刃を焼くことから名付けられました。これと同様のものに、直刃を得意とする粟田口藤四郎吉光の作に乱出来の短刀(名物乱藤四郎)があり、同じく新藤五國光の作にもただ一本、乱出来の短刀(名物乱新藤五)があります。
名物帳には「宝永五子十一月晦日松姬君樣御緣組被仰出候御礼之刻津田長光と一所に宰相殿より綱吉公へ上る。」とあり、また常憲院実紀や寛政重修諸家譜にも宝永五年(1708年)四月九日に松姫(尾張藩第三代藩主 徳川綱誠の娘で徳川綱吉の養女、光現院)が前田吉徳(加賀藩第五代藩主 前田綱紀の三男)と婚約、十一月十八日に入輿、晦日(その月の末日)に返礼として前田家から将軍徳川綱吉に一文字の太刀、長光の太刀(名物津田遠江長光 徳川黎明会所蔵)、そして「乱光包」を献上されたことが記されています。綱吉以来、代々徳川将軍家に伝来したもので、終戦直前に同家から出て、昭和三四年六月二七日に重要文化財指定され、現在は財団法人日本美術刀剣保存協会の所蔵で刀剣博物館で管理されています。

中堂来光包と称せられる

光包は、比叡山延暦寺の根本中堂に籠って鍛刀したことから、中堂来光包と称せられ、そして古来の刀剣書では、光包は初め備前長船の名工長光に学び、後に京に出て来国俊の門人となったと伝えられています。作風は来風なものが多く、来国俊に似ていますが、相違する点は、光包の方が造込みはやや重ねの厚いこと、帽子は大丸風で返りが深いことなどがあげられます。本作は、常にみる同工の作とは全く趣が異なり、互の目の乱具合が、ちょうど長光が創始し、景光が得意とした片落互の目とそっくりであり、古来光包が長光にも学んだという所伝を首肯することができるものです。また景光の片落互の目は匂出来で、光包の互の目は小沸出来で、作刀の現存するものは、在銘作は短刀のみに限られ、太刀その他には皆無であり、大磨上げの刀に中堂来の極めのついているものがあります。

乱光包の刀剣展示

乱光包は2018年の京都国立博物館で開催された「京のかたな 匠のわざと雅のこころ」で展示されました。次回の展示は未定ですが、光包の作品は全国の刀剣展示会で不定期で展示されます。機会があれば是非ご覧になって下さい。
全国の刀剣展示会情報はこちら

乱光包押形(出典:図説刀剣名物帳

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