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刀剣ブログ

小烏丸・平家の重宝

小烏丸

小烏丸(こがらすまる)

  • 指定:御物
  • 無銘 伝天国(号 小烏丸)
  • 所蔵:宮内庁
  • 種別:太刀
  • 流派:大和

小烏丸

太刀 無銘:天国(名物小烏丸) 出典:御剣

小烏丸押形

小烏丸押形 出典:有銘古刀大鑑

小鳥丸の図 集古十種

小鳥丸の図 集古十種

錦包糸巻太刀拵(刀身 無銘 小烏丸) (1)

錦包糸巻太刀拵(刀身 無銘 小烏丸)出典:御剣

平家の重宝

本太刀は、かつては平家の重宝で現在皇室の御物になっている名物「小烏丸」です。「小烏丸」という号は、桓武天皇の御代に、伊勢神宮より遣わされた八尺余りある大鴉の羽から本太刀が出てきたという伝承に由来します。その後、平貞盛が平将門や藤原純友などの乱を鎮圧する際に天皇より拝領し、以後平家の重宝となりました。壇ノ浦の戦いで平家が滅びた後は行方不明となったといわれていましたが、江戸後期の天明五年に平家の子孫である伊勢家が保管していることが判明し、伊勢家より刀身及び刀装と伝来を示す文書が幕府に提出されました。本太刀は、この時に伊勢家から徳川将軍家へと献上されましたが、将軍家は伊勢家へと再び預け、維新後に伊勢家から対馬藩主の宗家に買い取られた後、明治十五年に宗重正伯爵から明治天皇へと献上され、現在も御物として保管されています。また、意外な事かもしれませんが、天皇家から武家へ下賜され、長い年月を経て再び天皇家に戻るというのは、数多くの名刀がある中にあっても稀有な例です。本太刀の作者は、刀工の祖と仰がれる天国(あまくに)と伝わっています。天国は、銘鑑によれば、鍛冶神天目一箇神の裔孫で、大宝頃に大和国宇陀に住んだと記載されています。しかし、正真確実な天国の在銘作は現存せず、天国作と伝えられる「小烏丸」が平安前期頃の作と考えられている為、もし天国が存在したとしても大宝頃まで時代は上がらず平安前期頃の刀工と考えられています。

元帥刀のモデル

本太刀の様に刀身の先が両刃の剣となり、刀身の腰あたりに薙刀樋の入った造り込みの事を小烏丸造といい、直刀から湾刀へ変化する過程で生み出された造りといわれています。今日の研究では、本太刀は奈良期の作ではなく、前述の通り古くとも平安前期以降に作られたものとされています。その根拠は、鋒両刃造の太刀は正倉院所蔵品の中に七口ほど存在しますが、本太刀とそれらと比べると正倉院のものは無反りや内反りのものがほとんどで何れも本太刀と比べて反りが少なく、また両刃の部分も全長の四分の一、五分の一と刀身の半ばまで両刃部分がある本太刀と比べて短いことから、本太刀が奈良期に作られた同種の鋒両刃造の作と比べて後の時代に作られたものとされています。明治期に入ってからは、月山一門が本太刀の写しを製作しており、前述の通り朝敵を征伐する際に「小烏丸」を天皇より下賜されたという故事から、「小烏丸」は元帥刀のモデルとされました。

刀剣史上最も貴重な資料の一つ

この太刀は、前述の通り姿は鋒両刃造、庵棟、反りややつき、表裏に鎬樋に薙刀樋を掻き流している。鍛えは、詰んだ小板目に流れごころの肌交じり、地沸よくつく。刃文は、小沸出来の細直刃にほつれ交じり、金筋・砂流しかかる。帽子を小丸、先掃きかけて金筋かかる。茎は生ぶ無銘、鑢目大筋違、先栗尻となる。本太刀には、よく「平家の重宝」或いは「皇室の至宝」などという枕言葉がつく品格、出来映え共に優れた名刀でありますが、それ以上に刀剣史を語る上で欠くことのできない貴重な資料の一つであり、古い大和物の作例を知る上でも貴重な作品です。

小烏丸の展示情報

小烏丸は御物のため展示の機会は、なかなか無いかも知れませんが、機会があれば是非見てみたいですね。
小烏丸の写しが「音にきこゆる 島田の刀鍛冶と名刀写しの美」にて 2018年3月17日(土)~4月15日(日)まで島田市博物館で展示されました。次回の展示は未定ですが、小烏丸の写しは不定期に展示されます。機会があれば是非ご覧になって下さい。
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太刀 無銘 天国 名物小烏丸押形 出典:日本刀随感古刀編

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