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刀剣ブログ

狐ヶ崎為次・梶原景茂を討ち取った太刀

狐ヶ崎

狐ヶ崎為次(きつねがさきためつぐ)

国宝 太刀 銘 為次(号 狐ヶ崎)

狐ヶ崎

狐ヶ崎

国宝 太刀 銘 為次(号 狐ヶ崎)出典:昭和大名刀図譜

狐ヶ崎の拵

黒漆革巻太刀拵

附 黒漆革巻太刀拵 出典:国宝8、日本の美術 日本刀の拵

狐ヶ崎の鐔と大切羽

号は梶原一族を討伐した場所の名に由来

本太刀は、備中国青江派、為次の作で、「狐ヶ崎」の号は、正治2年(1200年)の正月、駿河国清見関(静岡市清水区)にて吉香友兼(吉川氏二代、小次郎友兼とも呼ばれます)が幕府から追放され京都に上洛しようとした梶原景時ら一族を迎えうち、近くの狐ケ崎の地においてこの太刀で梶原景茂(梶原景時の三男)を討ち取り、梶原一族を討伐した場所の名に由来します。友兼はこの戦いで自らも重傷をおい、翌日、名誉の戦死を遂げましたが、子孫の安芸吉川氏、さらに周防国(山口県)岩国藩主吉川氏のもとで、友兼が佩用したほぼ当時の黒漆太刀拵とともに家宝として殊の外大切にされ、以後、吉川家の重宝として同家に伝わり、昭和二六年に国宝に指定され、現在も吉川家が所蔵してきた刀剣や資料、美術品を管理する公益財団法人吉川報效会が所有し、吉川史料館に保管されています。余談ですが、2014年には「吉川氏物語 駿河國編 狐ヶ崎絵巻」という本太刀、狐ヶ崎為次にまつわる戦いの様子などを題材にした絵巻物が発行発売されています。

備中国古青江為次の作

姿は鎬造、庵棟、身幅広く、重ね厚く、腰反り、踏張りがあり、先反りも強くつき、中鋒となる。 鍛えは小板目肌つみ、地沸細かによくつき、地斑交じり、澄肌しきりとあらわる。 刃文は 表裏とも上半、刃幅広く、直刃調となり、丁子刃こづみごころに交じり小足しきりと入る。 下半はやや刃幅狭く、小乱れ、小丁子交じり、小互の目交じり白口冴えて沸が煙るように細かくつく。 帽子は小丸風に沸崩れる。 茎は生ぶ、先殆んど切り、親目大筋違、目釘孔二、佩裏中程下棟寄りに小銘がある。 古青江派の刀工の銘は、他の同時代の刀工の銘とは異なり佩裏にあるのが特色の一つで、鍛えはいわゆる澄肌(すみはだ)と呼ばれる刀身の鍛え肌の一部分がやや黒味をおび、肌目が目立たず斑となっていることなど大切な見どころです。

附帯する黒漆太刀拵も同時代の作

この太刀には、全く同時代の黒漆革巻の太刀拵が附帯し、革着黒塗鞘に赤銅魚子地竹文高彫の総金具で、柄は革巻に黒漆をかけ、鐔は鉄地を赤銅で包んだ障泥形(あおりがた)風のものとなる。製作が殊に優れ、まさに美実兼備、殊に重ねが厚く、身幅のやや広い頑丈な中身を入れながら、薄造りの鞘の見事さは殆んどまねが出来ない程のものであり、拵の研究上からも何ものにもかえ難いもので、歴史的な資料としても貴重なものです。

青江派についてはこちらをお読みください。

狐ヶ崎の展示情報

狐ヶ崎は吉川史料館にて2018年10月1日(月)~11月30日(金)まで展示されました。また2019年は年10月1日(火)〜11月30日(土)、吉川史料館にて展示されます。古青江派の作品は全国の刀剣展示会で不定期で展示されます。機会があれば是非ご覧になって下さい。
全国の刀剣展示会情報はこちら

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