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刀剣ブログ

数珠丸恒次・ 日蓮上人の破邪顕正の太刀

数珠丸恒次

数珠丸恒次(じゅずまるつねつぐ)

  • 指定:重要文化財
  • 銘 :恒次(号 数珠丸)
  • 所蔵:本興寺
  • 種別:太刀
  • 流派:備中青江派

重文 太刀 銘 恒次(名物 数珠丸恒次)

重文 太刀 銘 恒次(名物 数珠丸恒次) 出典:日本刀大鑑古刀篇

数珠丸恒次

数珠丸恒次 出典:備中青江の名刀図録

数珠丸恒次

数珠丸押形

出典:刀剣美術 名刀鑑賞編 合本16

名物 数珠丸 出典光山押形

出典:光山押形

日蓮上人の破邪顕正の太刀

数珠丸恒次は、天下五剣の中では、唯一の重要文化財指定品で、日蓮宗の開祖である日蓮上人が身延山を開山した際に、信徒である波木井三郎実長から護身用にと献上されたもので、日蓮が太刀柄に数珠を巻いていたことから「数珠丸」の号がついたと伝わる。開祖である日蓮上人の遺物として長く身延山久遠寺で保管されていたが、ある時から行方不明となり、大正2年(1913年)頃、競売にかけられているのを杉原祥造氏が発見し、紆余曲折を経て現在は本興寺が所蔵している。
古青江恒次は、貞次、助次などと並び、青江派を代表する鍛冶の名跡の一つで、鎌倉期から南北朝期にかけて同銘の継承がみられる。
本太刀は、姿は生ぶで腰反り高く、踏ん張りがあり、元先の差幅がある体配を呈し、鍛えは小板目肌よく詰み、淡く乱れ映り立つ。刃文は、直刃調に小丁子交り、足入り、小沸付き、帽子は小丸に返る。茎は、佩表に恒次と二字銘を切る。従来、本太刀は備中青江派の恒次の作といわれていたが、近年の研究では同時期に活躍した隣国備前国の恒次の作という説が有力である。理由の一つとして、上記の様に本太刀の銘が佩表に切られていることが挙げられる(通常、青江派は佩裏に銘を切る)

青江恒次(あおえつねつぐ)

青江恒次は青江派の中でも「古青江」と称され、青江派開祖の青江守次の次男、後鳥羽院の御番鍛冶を務めた。
青江恒次作の刀剣には名物 鄙田青江恒次(ひなたあおえつねつぐ)がある。

備中青江派(あおえは)

備中青江派は、同国高梁川下流域を中心に在住し活躍した刀工群で、承安頃の安次を祖として始まると伝えられ、平安末期から鎌倉中期頃までのものを古青江、それ以降を青江と称して区別している。備中国窪屋郡青江(現岡山県倉敷市菅生)は、青江鍛冶の故地とされるが、同地は近くにあった内海である吉備の穴海(現在の児島湾や児島湖はその一部)の畔であって、タタラ製鉄の為に行われた大量の伐採により山から土砂が流れて堆積した事により干潟が出来、やがて埋め立てなどで現在のような陸地となった。しかし、元々水辺であった関係上水難が多く、中世には度々洪水に見舞われて、室町中期頃の起こった大洪水により青江鍛冶は絶滅したと伝えられ、以後青江派の作刀はみられない。

天下五剣(てんがごけん)

天下五剣とは、古くより天下に知られた五振りの名刀で童子切安綱鬼丸国綱三日月宗近大典太光世数珠丸恒次のこと

享保名物帳にも「法主大上人之御太刀成ト云」と記載されており、日蓮上人御所持の破邪顕正の宝刀とされる太刀、名物数珠丸恒次。

数珠丸恒次の展示情報

毎年文化の日である11月3日の「大本山本興寺 虫干会」にて1日限定で天下五剣数珠丸が公開展示されています。今年の数珠丸恒次の展示が待ち遠しいです。
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数珠丸恒次押形(出典:図説刀剣名物帳

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