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刀剣ブログ

石田正宗・切込正宗の異名をもつ刀

石田正宗

石田正宗(いしだまさむね)

  • 指定:重要文化財
  • 銘:無銘 相州正宗(名物 石田正宗)
  • 所蔵:東京国立博物館
  • 種別:
  • 流派:相州伝

銘:無銘 相州正宗 (名物:石田正宗)

重文 刀 銘:無銘 相州正宗 (名物:石田正宗)出典:昭和大名刀図譜

石田正宗

石田正宗

石田正宗

石田正宗 棟に残る切込痕

棟に残る切込痕

石田正宗押形

石田正宗押形 出典:正宗日本刀の天才とその系譜、大関ヶ原展図録

切込正宗の異名を持つ石田三成の愛刀

本刀は、享保名物帳所載の名物「石田正宗」です。号の由来は、豊臣家家臣で五奉行の一人で知られる石田三成の所持に因みます。また棟に二ヶ所大きな切込疵があることから「石田切込正宗」とも称されます。但し、この切込みはこの刀の武功を物語るものではありますが、三成が奮戦してこの切込みをつくったということではないであろうと言われています。
享保名物帳によると毛利若狭守から宇喜多秀家が代四百貫で召し上げ、三成に贈ったと記されており、名物帳当時の所持者は、作州津山藩主津山松平越後守殿とあります。名物帳の文中に「治部こと、秀吉公御他界以後、諸大名に悪しみ立てられ、存命も成り難き様子なり。」とあるように、秀吉の死後、豊臣政権内では武功派の七将(池田輝政、加藤清正、福島正則、黒田長政、浅野幸長、細川忠興、加藤嘉明)と三成の対立が表面化し、加藤清正、福島正則らが三成の屋敷を襲撃する事件がおきましたが、徳川家康が仲裁に入り、三成に五奉行の職を辞退させ、居城の佐和山城(現在の佐賀県彦根市)に帰らせることで七人をおさえました。その際に家康は次男の結城秀康(越前松平家の藩祖)らに城中まで護送するように命じ、その道中をともにした結城秀康へ感謝の御礼としてこの正宗の刀を贈ったといいます。
本刀は江戸時代に越前松平家が改易となった後は童子切安綱稲葉江とともに三種の宝物の一つとして作州(現在の岡山県)津山松平家に伝わり、終戦直前に松平家から出て、愛刀家の中島喜代一氏の手に渡り、その後、愛刀家の佐藤寛次氏の愛刀(国宝 薙刀 銘 備前国長船住人長光造も所蔵していたことで知られる)となっています。重要文化財に指定され、現在は東京国立博物館所蔵となっています。

石田貞宗の号をもつ脇指

石田正宗(石田切込正宗)とは別に、東京国立博物館には石田三成の指料と伝わり「石田貞宗」の号をもつ重要文化財に指定された脇差があります。榊原家に伝わり、その後、愛刀家の佐藤寛次氏の愛刀となりました。佐藤寛次氏は石田正宗と石田貞宗の両刀を入手された後、京都大徳寺三玄院の石田三成の墓所に詣でて供養せられたと佐藤寒山先生は著書「武将とその愛刀」で書かれています。さぞ石田三成も喜んだことでしょうね。石田三成所持の刀剣では他には短刀 名物日向正宗や小太刀 名物鳥養国俊などが知られています。

正宗の作域を知る貴重なもの

この刀は、姿は鎬造、庵棟、反り高く、中鋒。地鉄は板目に杢交じりよくつみ、地沸細かにつき地景入る。 刃文は小のたれ調に丁子、互の目交じり、足入り、沸よくつき、金筋・砂流しかかる。 帽子は乱れ込み尖りごころに返り、掃かけかかる。茎は大磨上、先剣形、鑢目筋違、目釘孔一。正宗の作域を知る貴重なものです。

相州正宗についてはこちらをお読みください。

石田正宗の刀剣展示

石田正宗は2015年の大関ヶ原展で展示されました。2019年は9月7日(土)〜11月4日(月)の福岡市博物館「特別展 侍 ~もののふの美の系譜~ The Exhibition of SAMURAI」で展示予定です。相州正宗の作品は全国の刀剣展示会で不定期で展示されます。機会があれば是非ご覧になって下さい。
全国の刀剣展示会情報はこちら

石田正宗押形 出典:図説刀剣名物帳

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