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刀剣ブログ

堀川国広・新刀の横綱

堀川国広

堀川国広(ほりかわくにひろ)

新刀を代表する名工

堀川国広は、新刀を代表する名工で、埋忠明壽と並んで新刀の祖と讃えられています。国広は、姓を田中、名を金太郎と称したと伝わっていて、元は九州日向の飫肥城主であった伊東家に仕えた武士で、同家没落後に山伏となって諸国を遍歴しつつ鍛刀技術を磨き、各地で駐鎚しました。天正十七年頃に信濃守を受領、慶長四年からは京都の一条堀川に定住して作刀し、その門からは多くの高弟を輩出しました。生存当時から国広の名声は高く、多くの武将や大名が彼に注文を出したと伝わっています。また、その名声から多くの大名が抱え鍛冶として雇用しようとしましたが、彼は旧主家である伊東家が復興後に再び臣下となっています。因みに、五万七千石(後に五万一千石)の小藩であった飫肥藩ですが、国広と井上真改の二工の新刀最上作を抱えています。これは徳川将軍家でもなしえなかった事ですので、藩主の伊東家はさぞ誇らしかったと思います。

刀工としても教育者としても超一流

国広には、古刀以外では最多である十一口の重要文化財指定品があります。この事実からも彼が並外れた技量を持った刀工である事がわかりますが、それに加えて彼の名声を高くしているのは、堀川一門と呼ばれる優れた弟子達を育てたことです。越後守国儔や出羽大掾国路、大隈掾正弘などの直系の弟子達に加えて、孫弟子には井上真改、曾孫弟子には津田助広と枝葉のように広がった一門には新刀を代表する名工が多く名を連ねています。刀工としても教育者としても超一流の成果を残した国広は、まさに新刀の横綱と讃えられるに相応しい名工といえます。

土方歳三の愛刀

新選組鬼の副長土方歳三が、十一代和泉守兼定の刀と堀川国広の脇差を大小にしていたのは新選組ファンには知られていますが(刀剣乱舞でも相棒ですね)当時でも国広の脇差は高価でしたので、近藤勇の虎徹同様に土方の国広も偽物であったと言われています。ただ、新選組の活躍場所は京都ですので、彼らの活躍時期から考えても活躍前の江戸で手に入れた虎徹より、最盛期にいた京で手に入れた国広の方が本物である可能性は高いとは思います。勿論、土方がこの脇差をいつ手に入れたのかは不明(後述の手紙から池田屋事件以前なのは確実)ですし、脇差自体が現存していない為にあくまでも仮定の話になってしまいますが(何しろ土方が所持してた事実を示すのは「近藤勇から佐藤彦五郎に宛てた手紙(内容は池田屋事件での活躍を知らせるもの)」に出てくる「堀川国広 一尺九寸五分」の記載のみですので)因みに、土方歳三には実の子供がいます。いや、正確にはいると言われています。と言うのも、土方が「松坂屋いとう呉服店(現在の松坂屋上野店)」に奉公している時に女中に手を付けて妊娠させてしまい、奉公先を放逐されたと言われているからです。その女中が出産した話や生まれた子が男女どちらかについても知られておらず、現在の研究では奉公の話自体の信憑性が疑問視されてはいますが、土方の子孫がどこかにいると思う方が、国広の脇差同様にロマンがありますよね。

國廣の研究書

堀川国広の研究書としては、「國廣大鑑」「堀川國廣とその弟子」「堀川國廣とその一門」などが挙げられます。掲載点数では「國廣大鑑」が最も多いですが、昭和二十九年に出版されたものですので、研究内容としていささか古いです。研究内容的には、近年出された「堀川國廣とその一門」が抜けていると思います。新刀の研究に秀でた岩田隆氏が中心となって出版された同名の展覧会のカタログですが、一カタログの枠を超えたこれまでに培われた国広の研究の集大成ともいえる名著です。国広に関心のある方は是非ご一読ください。

堀川国広(堀川国廣)の展示

堀川国広の作品は全国の刀剣展示会で不定期で展示されます。機会があれば是非ご覧になって下さい。
全国の刀剣展示会情報はこちら

刀 銘 日州古屋之住国広作 天正六年二月吉日

刀 銘 日州古屋之住国広作 天正六年二月吉日 出典:国広大鑑

刀 銘 日州古屋之住国広作

刀 銘 日州古屋之住国広作天正六年八月彼岸

号 山姥切国広

刀 銘 九州日向住國廣作・天正十八年庚寅弐月吉日 平顕長  号:山姥切国広 (出典:昭和大名刀図譜

山伏国広

太刀 銘 天正十二年二月彼岸 日州古屋住國廣山伏之時作之・太刀主日向國住飯田新七良藤原祐安 名物:山伏国広(出典元:昭和大名刀図譜)

加藤国広

刀 銘 國廣(号 加藤国広)出典:新刀大鑑

布袋国広

脇指 銘 日州古屋住国広作 天正十四年八月日

刀 銘 日州古屋住国広作 天正十四年八月日 藤原兼治刀

刀 銘 日州古屋住国広作 天正十四年八月日 藤原兼治刀

短刀 銘 天正拾六年十二月朔日国広造 次江右衛門佐所持

短刀 銘 天正拾六年十二月朔日国広造 次江右衛門佐所持

短刀 銘 城州堀川住国広 慶長十八年二月日

短刀 銘 城州堀川住国広 慶長十八年二月日

短刀 銘 藤原国広 在京時打之 天正十九年八月日

短刀 銘 藤原国広 在京時打之 天正十九年八月日

天正十九年紀の短刀ですが在京時打之とあり、国広の遊歴を知るうえで資料としても貴重です。

重文 刀 銘 慶長九年十一月吉日信濃守国広作 依賀茂祝重邦所望打之

刀 銘 慶長九年十一月吉日信濃守国広作 依賀茂祝重邦所望打之

刀 銘 慶長七年 国広 十二月十四日

刀 銘 慶長七年 国広 十二月十四日

重文 短刀銘 国広(号 堀部国広)

短刀 銘 国広(号 堀部国広)

脇指 銘 日州古屋住国広(花押)服部元氏刀

堀川国広花押

脇指 銘 日州古屋住国広(花押)服部元氏刀

花押を添えてあることは資料的にも貴重です。

短刀 銘 日州住信濃守国広作 天正十八年八月日 於野州足利学校打之(布袋国広)

短刀 銘 日州住信濃守国広作 天正十八年八月日 於野州足利学校打之(布袋国広)

道円国広

短刀 銘 藤原国広造 澤田道円所持(号 道円国広)

向井国広

短刀 銘 洛陽一条住藤原国広造 慶長十五庚戌二月日(金象嵌)向井忠勝井将監忠勝所持之(号 向井国広、将監国広)

剣 銘 国広 興山上人寄進

剣 銘 国広 興山上人寄進

画像 短刀 銘:國廣(出典元:刀剣押形大鑑)

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